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仙台地方裁判所古川支部 昭和45年(わ)19号 判決

主文

被告人佐藤耐一を禁錮一年六月に、被告人磯崎勝男を禁錮八月に処する。

訴訟費用は被告人らの平等負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人佐藤耐一は本件犯行によつて退職するまで、宮城県古川市所在古川中央タクシー株式会社に雇われ、自動車運転の業務に従事していたものであり、被告人磯崎勝男は茨城県水戸市所在須藤運送こと須藤和男方に雇われ、右同一業務に従事しているものであるところ、

第一、被告人佐藤耐一は、昭和四四年九月七日午後九時四〇分頃、客の大宮一男(当時二七才)、同人妻トキ子(当二六才)、右両名の子清美(当二才)を同乗させた営業用普通乗用自動車を運転して、古川市十日町三番二三号先付近の国道一〇八号線上を時速約四〇キロメートルで東進中、進路前方にある同番地先所在の信号機により交通整理の行われている南北に走る国道四号線とで形成された十字路交差点を直進通過するため、時速約六キロメートルに減速しつつ交差点に接近した際、同所の対面信号機が赤色灯火の表示をしているのを認めたが、このような場合自動車運転者は右信号に従い、交差点の手前で停止し、信号が青色灯火に変化した後発進進行し、もつて事故の発生を未然に防止すべき義務の注意義務があるのに、右義務に背き、左右道路の信号機が黄色灯火を表示しているのを見て、まもなく対面信号機が青色灯火に変化するものと軽信し、時速約二〇キロメートルに加速しながら交差点に進入した過失により、折柄、右方道路を北進して交差点に進出した磯崎勝男運転の大型貨物自動車前部に自車右側を衝突させ、その衝撃で右貨物自動車を同車の進路右前方に滑走させたうえ、その右前部を、折柄、交差点に向かつて同車に対向接近してきた二階堂敬伍(当二五年)運転の普通貨物自動車右前部に衝突させ、よつて、前記大宮一男に対し、肺損症等の重傷を負わせた後同日午後一〇時七分同市駅前大通り五丁目一番一九号高橋整形外科医院において同人を右傷害により死亡するに至らしめたほか、前記大宮トキ子に対し、加療約六か月間を要する右側頭骨骨折等の、前記大宮清美に対し、同約二週間を要する頭部打撲症等の、前記二階堂敬伍に対し、同約二年間を要する右下腿骨複雑骨折等の各傷害を負わしめ

第二、被告人磯崎勝男は前記前段の日時頃、大型貨物自動車を運転して国道四号線上を時速約六五キロメートルで北進中、信号機により交通整理の行われている前記交差点の手前にさしかかり、同所を直進通過しようとしたが同所付近は法令により車両の最高速度を毎時四〇キロメートルに制限されていたから、このような場合自動車運転者は、右制限速度を遵守するはもちろん対面信号機の表示する信号に従つて進行し、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上当然の注意義務があるのに、右各義務に背き、対面信号機が黄色灯火を表示しているのを看過し、かつ、時速約五五キロメートルの高速度で交差点を通過しようとした過失により、折柄、左方道路を東進して、交差点に進入しようとしていた佐藤耐一(当二四才)運転の営業用普通乗用自動車を左前方約一七メートルの地点に認め、急制動の措置を講じたが間に合わず、自車前部を右普通乗用自動車右側に衝突させて、自車を右前方に滑走させたうえ、その右前部を、折柄交差点に向け対向接近中の二階堂敬伍(当二五才)運転の普通貨物自動車右前部に衝突させ、よつて、いずれも前記佐藤耐一運転自動車の乗客である大宮一男(当時二七才)に対し、肺損症等の重傷を負わせたうえ、同日午後一〇時七分、同市駅前大通り五丁目一番一九号高橋整形外科医院において、同人を右傷害により死亡するに至らしめたほか、同人妻トキ子(当二六才)に対し加療約六か月間を要する右側頭骨骨折等の、右両名の子清美(当二才)に対し同約二週間を要する頭部打撲症等の各傷害を、また、前記佐藤耐一に対し加療約一か月間を要する頭部打撲症の、前記二階堂敬伍に対し同約二年間を要する右下腿骨複雑骨折等の各傷害を負わしめたものである。

(証拠の標目)(省略)

(信号遵守義務の性質および同義務違反の過失訴因に対する当裁判所の見解)

本件公訴事実によれば、被告人佐藤耐一については赤色信号の無視を、被告人磯崎勝男については黄色信号の看過と速度違反を各過失としていることが明らかであるから、被告人らに共通する信号遵守義務の性質および同義務違反の過失訴因に対する当裁判所の見解を明らかにする。

車両の運転者は信号機により交通整理の行われている道路を通過する場合は、信号機の表示する信号に従つて進行すべき業務上の注意義務があること言うまでもない。そして、この場合の信号は通過時に現示している信号を指し、それ以前の信号は直接関係を持たない。ところで、自転車以外の車両は一般通行人と異なり、最徐行をしているような特別な場合を除くと、すぐその場で停止することは物理的に不可能であるから、信号に従うためには、所定の停止地点に自車が到達するまでに信号が黄色または赤色灯火に変化しても、同地点で確実に停止することができるように、予め信号機の表示する信号の推移に注意を払うとともに、右停止地点までの距離、交通の状況および制動距離等を勘案して、適宜速度を調節しつつこれに接近すべきことは自明であり、右の準備行動をしないで信号に従うことはできない。してみれば、信号遵守義務を尽くすために必要な種々の準備行動をする注意は、信号遵守義務の前段階的な注意義務すなわちそれ自身別個独立の意義をもつものとして存在するのでなく、前者の内容中に必要不可欠なものとして当然に包含しているものといわなければならない。換言すれば、「信号を遵守すべき注意義務」とは、「信号機により交通整理の行われている道路を進行する車両の運転者は、信号の推移に注意を払い、停止地点に自車が到達するまでに信号が黄色または赤色灯火に変化しても、同地点で確実に停止することができるように適宜速度を調節しつつ接近し、もつて信号機の表示する信号に従つて同所を通過すべき注意義務。」となり、信号の推移の確認、停止地点に到達するまで停止信号(赤色または黄色)に変化した場合にもこれに応じ得る速度調節、および信号による進行等一連の各行動を採る注意を併有したものということができる。従つて信号を全く看過した場合や無視した場合はもちろん、黄色または赤色信号の発見が遅れ(これは一部の看過である。)た結果、制動距離の関係上交差点等の通過を余儀なくされた場合にも、右通過時に現示する信号を遵守すべき注意義務を懈怠したことにおいてなんら差異がなく、ただ懈怠するに至つた理由が相違するだけであるから、例えば前方注視義務の違反が「脇見をしていた」ためであると「考えごとをしていた」ためであると、さらに「精神の緊張を欠いた」ためであるとによって、過失そのものに差異がないと同様、同一の過失行為すなわち訴因は同一であり、遵守すべき信号の種類を変更する場合に限り訴因変更の手続を経由すべきものと解しなければならない。また、通過時に現示する信号が停止信号である黄色または赤色灯火であるのに、これに違反して進行した以上、例え右信号の発見が遅れたため制動距離の関係上停止地点において停止できないとしても、前記のとおり、信号の推移の確認義務なり速度調節の上停止地点に接近すべき義務等を怠った結果、自ら招いたものであつて、その故に通過時に現示する信号に違反した過失を免除すべきでないから、これを通過時の信号の前段階まで遡り、青色信号発見時からの信号推移の確認および速度調節の各違反なり、または黄色信号発見時の停止義務違反に訴因を変更する必要なく、従つて、通過時に現示する信号を発見した地点は訴因としての必要的記載事項とはいえない。

要するに、当裁判所は、信号遵守の注意義務が段階的注意義務の累積的構造を有するものでなく、数種の注意義務が同時併有する包括的な一個の注意義務と解し、その帰結として、信号不遵守の過失訴因は通過時に現示する信号が停止信号であり、それに従わなかったこと(無視、看過、発見遅延等の動機を記載することは妨げない。)を記載するだけで必要かつ充分と解するので、検察官が被告人ら特に被告人磯崎勝男に対する訴因として、青色灯火信号を認めた地点および同所からの速度調節、信号推移の確認義務等を詳細記載したのに対し、判示のとおり、これを要約摘示したしだいである。

(法令の適用)

被告人らの判示各所為はいずれも刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第三条に該当するが、右はそれぞれ一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により、いずれも犯情の重い判示大宮一男に対する各業務上過失致死の罪の刑に従うところ、情状について考察するに、被告人佐藤耐一はタクシー会社の運転手として顧客を安全に輸送すべき責任があり、しかも客から希望される等の特別な事情がないのに無謀にも赤色信号を無視した結果、本件惨事を引き起こすに至つたもので、その過失および責任の重大なこと多言を要しないところであるが、他方、被告人磯崎勝男についても、同人は大型貨物自動車の運転者であつて、この種のいわば重量車は、一旦衝突等の事故が発生した場合重大な結果を招来することは何人も知るところであるから、慎重な運転が期待されるのにかかわらず、夜間とは言い古川市内随一の重要交差点をこれまた黄色信号を看過し、高速度のまま通過しようとしたものであつて、その責任に重大なものがあるというほかなく、殊に、同被告人は被害者側との示談を雇主のなすままに放任し、被害者またはその遺族に対し一片の陳謝すらなさず今日に至つていることは人道に反し、当裁判所の到底看過し難いところであること、その他被告人らに対し、記録に表われた一切の情状を総合して量刑すべく、所定刑中各禁錮刑を選択し、その所定刑期範囲内で被告人佐藤耐一を禁錮一年六月に、被告人磯崎勝男を禁錮八月に処し、訴訟費用(国選弁護人西沢八郎および証人大宮トキ子に支給した分)は刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して、これを被告人両名に平等して負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

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